【生成AIの規制】EU AI法と国内の動向をビジネス視点で解説

生成AIの急速な普及に伴い、そのリスクを管理し、安全な利用を促進するための「規制」や「ガイドライン」の整備が世界中で進んでいます。企業にとって、これらのルールを理解し、遵守することは、もはや単なるコンプライアンス要件ではなく、社会的信頼を得て事業を継続するための必須条件です。

本記事では、世界標準となりうる「EU AI法」や日本国内の動向を中心に、生成AIの規制について、ビジネス担当者が知っておくべきポイントを分かりやすく解説します。

なぜ今、生成AIに「規制」が必要とされているのか?

生成AIは計り知れない可能性を秘める一方で、その強力な能力は、悪用された場合に社会的な混乱を引き起こすリスクもはらんでいます。偽情報の拡散や著作権侵害といった問題に対応するため、各国政府はイノベーションを阻害しない形でのルール作りを急いでいます。

1. 偽情報(ディープフェイク)の拡散リスク

生成AIは、本物と見分けがつかないほど精巧な画像、音声、動画(ディープフェイク)を簡単に作成できます。これらが選挙妨害や詐欺、個人の名誉毀損などに悪用されるリスクは深刻であり、社会的な混乱を防ぐための規制が求められています。

2. 著作権・知的財産の保護

生成AIは、インターネット上の膨大なデータを学習してコンテンツを生成しますが、その学習データに著作権物が含まれている場合、その利用の是非や、生成物が既存の著作物と酷似した場合の権利関係が大きな論点となっています。クリエイターの権利を保護しつつ、技術の発展を促すバランスの取れた規制が必要です。

関連記事:【生成AIと著作権】知らないと怖い!安全に使うための知識とリスク対策

3. AIによるバイアスと差別の問題

AIは、学習データに含まれる社会的な偏見や差別的な考え方(バイアス)を学習し、増幅させてしまう可能性があります。例えば、採用活動にAIを利用した結果、特定の属性を持つ候補者が不当に低く評価されるといった問題が起こり得ます。公平性を担保するための規制が不可欠です。

【世界標準】EU AI法の概要と日本企業への影響

生成AIの規制を語る上で、最も重要なのが「EU AI法」です。これは世界初の包括的なAI規制法であり、今後のグローバルスタンダードとなる可能性が非常に高い法律です。

リスクベース・アプローチとは?

EU AI法最大の特徴は、AIシステムが社会に与えるリスクのレベルに応じて、異なる強さの規制を課す「リスクベース・アプローチ」を採用している点です。

  • 許容できないリスク: サブリミナル操作など、人権を侵害するAI。原則禁止
  • ハイリスク: 重要インフラ、教育、採用、医療、法執行などで利用されるAI。厳格な義務(データガバナンス、人的監視、透明性の確保など)が課される。
  • 限定的リスク: チャットボットやディープフェイクなど。AIが生成したものであることをユーザーに開示する義務がある。
  • 最小リスク: ビデオゲームなど。特段の義務はなし。

汎用AIモデルへの新たな義務

GPT-4Llamaのような、特定の用途に限定されない「汎用AIモデル」に対しても、透明性の確保(学習データの概要開示など)が義務付けられました。これにより、開発者に対する説明責任が強化されています。

日本企業も対象となる「域外適用」

EU AI法で特に注意すべきは、「域外適用」の規定です。これは、EU域外の企業であっても、その企業が提供するAIシステムがEU域内で利用される場合には、この法律が適用されるというものです。つまり、日本企業が開発・提供するAIサービスやAI搭載製品がEU市場で利用される場合、EU AI法を遵守する義務が生じます。

日本国内におけるAI規制の現在地

EUが厳格な「ハードロー(法規制)」で対応する一方、日本は現時点で、イノベーションを阻害しないよう、より柔軟な「ソフトロー(ガイドライン)」を中心としたアプローチを取っています。

中核となる「AI事業者ガイドライン」

日本のAIガバナンスの中核をなすのが、政府が公表している「AI事業者ガイドライン」です。これは、AIの開発者、提供者、利用者といった全ての関係者が、AIを安全・安心に利用するために留意すべき事項をまとめたものです。法的拘束力はありませんが、企業が「責任あるAI活用」を行う上での事実上の標準となっています。

このガイドラインでは、「人間中心」「安全性」「公平性」「プライバシー保護」「セキュリティ確保」「透明性」「アカウンタビリティ(説明責任)」といった10の原則が示されています。

既存法(著作権法・個人情報保護法)の適用

日本にはAIそのものを直接規制する法律はまだありませんが、生成AIの利用には、既存の法律が適用されます。

  • 著作権法: AIが学習データとして著作物を利用する行為や、生成物が既存の著作物と類似している場合の考え方について、議論が進んでいます。
  • 個人情報保護法: AIに個人情報を入力する行為は、同法における「利用」や「第三者提供」に該当する可能性があり、適切な取り扱いが求められます。
    (関連記事:【生成AIと個人情報】企業が守るべき法律と安全対策を解説)
地域 主な規制/ガイドライン アプローチの特徴
EU AI法 ハードローによる包括的かつ厳格な規制。リスクベース・アプローチ。
日本 AI事業者ガイドライン 既存法の適用 ソフトロー中心。イノベーションを重視し、事業者の自主的な取り組みを促す。
米国 大統領令、NIST AI RMFなど 包括的な連邦法はなく、セクター別の規制と自主的なフレームワークが中心。

 

生成AI規制に企業はどう対応すべきか?

国内外でルール作りが進む中、企業は「様子見」の姿勢ではいられません。規制の動向を注視し、AIを安全に活用するための社内体制、すなわち「AIガバナンス」を構築することが急務です。

1. AIガバナンス体制の構築

まず、社内におけるAIの利用・開発に関する責任体制を明確にすることが第一歩です。AIに関するリスクを管理し、倫理指針を策定する責任者や部署を任命しましょう。法務、IT、事業部門などを横断するタスクフォースを設置するのも有効です。

2. 社内利用ガイドラインの策定と教育

全従業員が遵守すべき、生成AIの利用に関する具体的なガイドラインを策定します。これには、①利用を許可するツール、②入力してはいけない情報(機密情報・個人情報)、③生成物の取り扱いルール(ファクトチェック、著作権確認)などを明記し、定期的な研修を通じて全社に周知徹底します。

関連記事:【生成AIの安全な導入】企業のガイドライン策定5つのステップ

3. AIシステムの透明性と説明責任の確保

自社でAIシステムを開発・提供する場合は特に、そのAIがどのようなデータで学習し、どのような判断を下すのかを、可能な限りユーザーや社会に説明できる準備が必要です。EU AI法でも求められているように、技術的な透明性の確保は、企業の信頼を構築する上で不可欠となります。

対応項目 具体的なアクション 関連部署の例
ガバナンス体制の構築 AI倫理委員会や責任部署の設置、リスク評価プロセスの確立 経営企画、法務、コンプライアンス
社内ルールの整備 生成AI利用ガイドラインの策定、全従業員への研修実施 情報システム、人事、法務
技術的な対応 利用ツールのリスク評価、生成物の著作権チェックプロセスの導入 情報システム、知財、開発部門
情報収集 国内外の規制動向の継続的なモニタリング 法務、渉外、経営企画

 

まとめ

本記事では、生成AIを取り巻く国内外の規制の動向と、企業が取るべき具体的な対策について解説しました。EUの厳格なAI法から、日本の柔軟なガイドラインまで、アプローチに違いはありますが、「人間中心の信頼できるAI」を目指す方向性は世界共通です。

生成AIに関する規制は、ビジネスを縛るためのものではなく、むしろ安全なイノベーションを促進し、社会からの信頼を得るための「羅針盤」です。規制の動向を正しく理解し、自社のAIガバナンス体制をプロアクティブに構築していくことこそが、これからのAI時代における企業の競争力となるでしょう。

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